代表挨拶

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2013年度

『道理は我らに』

代表:米田 軍兵(弁護士)  

 この長期の政権がやったこと、それは単に自民党あるいは自公政権の問題だけではなくて、それを支えている財界あるいは官界、それに、私どもはこの事故後で驚いたのですけれど、大学の関係機関つまり研究機関が、ここらが、原発、原子力会社と、東電なり関西電力などと、黒い裏金の結びつきがあって、しかもそれらが一体となって、マスコミも含めて、多くのマスコミも含めて、原発維持・推進をやってまいりました。
 我々はそういう推進の中で、彼らが取り組んできた原発の安全神話について、私どもは厳しい批判をするのではなくて、私自身もそうですけれど、のめり込んできておりました。

 この状況に一つの課題を投げかけたのは3.11原発事故であります。この原発事故が、国のかたち、それまでの国のかたち、あるいは有り様を、根本的に変えなくてはならないと言ったのは、その点であります。
 反原発、再生可能エネルギーの拡大、推進、これが我々の最大の課題となって参ったのであります。その課題をかかげて、全国に脱原発、自然エネルギーの確立の運動が展開してまいりました。
 この県でも、震災、この原発事故からまもなくして、「原発いらない栃木の会」が発足し、昨年、栃木県始まって初めての規模の、脱原発、再生可能エネルギーを確立する県民集会とデモ行進が行われました。ここには2500人の方々が参集して、声を一にして、デモなり集会をやったわけであります。
 さらに、この「原発いらない栃木の会」が各自治体議会に呼びかけをして、原発いらない、脱原発、再生可能エネルギーの確立を求めて議決の要請をしました。県議会を除く、圧倒的な地方自治体の議会が、これに賛同し議決をして参っております。そして、内閣府あるいは関係機関に、その決議文を執行して参りました。

 このように、栃木県におきましても全国におきましても、燎原(りょうげん)の火のように脱原発の運動が拡がって行ったのであります。
 私は、この思想、信条を越えて結集した、反、脱原発の戦い、運動というものは、戦後初めてのものではないかというふうに思っておりますし、また、貴重な経験であると思います。思想、信条を乗り越えて、危険な原発からさようならをしようじゃないかということが、合言葉になっているのであります。

 原発の事故が起こったのは民主党政権下であります。この民主党政権ではとやかく言いませんけど、一貫性のない原発政策、口先だけの原発政策、それと、もう1つは政権能力に欠けている民主党ではありました。
 そういう意味で、昨年の総選挙において厳しい審判を受けて敗北した。敗北をして、脱原発の方々が国会で大きな政局を握るのであればともかく、そうではなくて、原発推進を一貫して推進してきた自民党と自公政権が再び権力、政権の座についたのであります。
 我々は、テレビ等で観ておりましても、もう財界などは、あからさまに、原発推進を口に出しております。自民党はそれにすりよっている。つまり、国民の、我々一般国民の、生命、財産、自然環境、こういうものを軽視して、金儲け本位の財界にすりよっているのが現状ではないでしょうか。

 私どもは、このこういう力に対して、戦いを強化していかなくてはなりません。私は常に感じていることですけど、今、この民主主義の世の中で、勝利するということは何なのかということであります。それは圧倒的な世論を形成することであります。
 私どもは県内において、「原発いらない栃木の会」を益々発展をさせ、この勢力を上回る世論形成をしていく義務があるというふうに思っております。

 息のながい戦いでありますけれど、道理は我々の側にあります。彼らの側にはありません。彼らの側にあるのは、金儲けであります。企業の、大企業の、金儲けであります。我々は金儲けではありません。国民の生命と財産、それに環境、海を守ろう、畑を守ろう、田んぼを守ろう、山を守ろう、こういう自然を、恵まれた自然を、日本の自然を守っていこうという、崇高な目的を、我々は担っているのではないか、かように思うのであります。
 我々の側に道理があります。道理が通らない世の中ではありません。その道理を通すために、日日の活動で圧倒的な世論形成を、この会は担っているというふうに考えております。

 ヒロシマ、ナガサキ、福島第一原発、この3つの核の被害を受けたのが、我が国であります。我が国は核は要りません。核は不要なのです。核があってはならないのが、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマを経験した我々の心情であります。

 今日は天気が悪いので集まりが悪いようですが、これからの一年間、日日の活動を通じて、ひとつ、がんばって頂きたい。私も末席を汚しながら、活動に参画したいと思います。今日は総会の成功を、よろしくお願いします。



2011年度

「原発いらない栃木の会」に参加して

 弁護士:米田 軍兵

 1.東電福島第1原発の事故は、私に予ってない強い衝撃を与えた。

 それまでチェルノブイリ原発事故や各地で戦っている裁判闘争等について一応の知識を持っていた。しかし私自身「安全神話」に侵され他人ごとのようにしか思っていなかった。福島第1原発の事故は、そんな安穏な私の頭を強い力で張り飛ばすほどの衝撃を与えた。 日々の新聞やテレビの報道は、衝撃が怒りに変わっていった。特に原発事故後現場で働く労働者の過酷な状況は涙なくして見られなかった。私はこれまで幾つかの団体に関与していた。その団体に言葉で或いは文書で怒りをぶっつけた。

 2.そんな中で、大木一俊弁護士から「原発いらない栃木の会」の準備会参加を呼び掛けられた。

 実は、私は2005年に仲間7人ほどで、近代における日韓の歴史の勉強を始め2008年に一応終え、その後は私個人として「古代朝鮮と那須地方の文化」について勉強を始めていた。大木弁護士から呼び掛けられたのは丁度那須地方を歩いていた時期であった。

 77歳の私は、弁護士会でも長老となり、残された時間をマイペースで過ごすことにしていた。大木弁護士の誘いに何の知識も実績もない私がお役に立つかどうか迷い一瞬逡巡した。しかし「原発いらない栃木の会」は多種多様な人たちの集まりで、私でも何かの役に立つのではないかと思い入会させて貰った。

 3.福島第1原発に保管されている2724本の使用済核燃料をどうするのか。

 圧力容器から溶け出した核燃料をどうするのか。高濃度に汚染している建屋や瓦礫、大量の水等をどう処理するのか。これらの処理目処は全く立っていない。地中深く穴を掘って埋めるとしても監視に何万年も必要だし、それまで誰がどんな責任を持って監視するのか決めることなど出来る分けがない。

 既に体内被曝したであろう原発周辺の子供たちの健康をどう護るのか。大気中にまき散らされ広範囲に広がっている山林や平地の放射性物質をどう除染するのか分かっていないし手がつけられない。

 校庭の汚染された表土をはぎ取ってもそれを持って行く場所がない。

 仮に、例えば最も危険度の高い浜岡原発に事故が発生した場合「日本沈没」は必死だと思う。

 会が目的とするように、核を燃料とする原発は止めるべきであり、それに代わるクリーンで安全な自然エネルギーへの転換を国策とすべきである。

 栃木県は自然に恵まれた地域である。山林はバイオマス燃料を作り出し山林保全と雇傭の場を創出する。県内には数多くの河川があり小規模水力発電が可能である。県内民間住 宅15,000戸が既に太陽光発電システムを採用している。太陽光発電は幾らでも広がる土壌が出来ている。

 政府のエネルギー政策は曖昧模糊としている。原発容認勢力に身を寄せつつあるように思う。脱原発の国策に変更させるには地域から脱原発と自然エネルギーへの普及を根付か せて行かねばならないであろう。

 私は会のみなさんの足枷とならないよう頑張りたいと思っている。 /div>


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